ありがとうの魔法の呪い

引き寄せの定番「ありがとうの魔法」ですが・・・。感謝すればするほど、口に出せば出すほど、幸運が舞い込む!お金がたまる!良縁に恵まれる

・・・とかなんとかいう、すごい呪文ですが。

ある意味本当で、ある意味間違いではないかと思います。

本当、の場合は心から出た言葉だったときで、
 間違いの場合は、自分の幸運のために出した言葉だったとき。

すれちがっただけで「ありがとうございます」
 ち

ょっと机を吹いただけで「きれいにしていただきありがとうございます」
 パソコンの電源を入れたら「あ、ありがとうございます」
 モノが邪魔だったので移動させたら「ありがとうございます」
 電話とったら「ありがとうございます」
 「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」

一日何回このやりとり続くやら、です(しかも敵、じゃなかった、相手は一人じゃない!多い!

で、聞いてみました。なぜそれほど「ありがとうございます」にこだわるのか

「知らないんですか?ありがとうの回数だけ、幸運がくるんですよ。いろんな本に書いてあります!」
(聞いた相手全員がそう言うんです。多いわ!!!)

ある程度は予想してても、こっちとしては遠い目にならざるを得ない回答。

そういった本を書いたひとはおそらく、そういう意味で書いてないとは思います。

ありがとうではなくとも何らかの言葉を相手に発する。
 しかも自分の利益のために。
 だとしたらそれって「搾取」に等しいのでは?

 ヨガの教えのなかのやっちゃいけないことに「アスティヤ」と「サティヤ」というものがあるのですが、意味は「盗まない」と「正直」です。
 アスティヤの盗む、にはモノだけじゃなく、時間や心、あらゆるものが含まれます。
 サティヤの正直には、相手に対してではなく、自分に対してもウソをつかないことが含まれます。

「ありがとう」を連呼していても、心が欠けていたら、相手の「お礼を言われてうれしい」と思った心を盗んでいることになります(盗んでいい心もあるけどね)
 ありがとう、と心から思っていないのに、自分の幸運のために発するありがとうなら、相手と自分に対してウソをついています。

「ありがとう」は本来、相手のしてくれたことに対して、自分の心を伝えることばです。

それを自分の幸運のために使うのなら、これね、やっぱり。
 まちがいですよ

別に「ありがとう」を重く考える必要はないと思います。

ありがたかったら「ありがとう」という。
 たったそれだけのことを、どーして、そこまでややこしくしてしまうのか。

そして、いろんな理由で「ありがとう」を言い忘れてしまった、言いそこねてしまったとき。
「あ、いけない、言い忘れてた!幸運が逃げちゃう!」
ってあわてていました。

それって、自分自身がいちばん、めんどくさく感じないですか? 
 自分がつらくならないですか?

気楽に、心の声が発するままに言えばいいと思うんです。
「わあ、ありがとうう!」
って。
 そう思った瞬間に声に出てる状態。心と言葉が一致している状態。
 それがいちばん、みんながらくで楽しいのです。

ヨーガの意味って「統一」です。心と体の統一。
 心と体、心とことば、心と行動。
 難しいとは思いますが、一致することがいちばん気が楽で、楽しいのではないかと思います。

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